人生を変える方法は3つあると言われます。
① 時間配分を変える
② 付き合う人を変える
③ 住む場所を変える
この中で、最も現実的で効果が高いのが ①時間配分 です。
学力向上も同じ。その最大の決定要因は「時間」。
学力は、勉強した総量に概ね比例します。
センスは後天的な経験値
IQは学力にほとんど関係ない
まず「時間」が土台となり、
その上に「やり方」が乗る。
これが学力向上の構図です。
しかし――
子ども任せ・意思任せでは、或いは、今の延長線上では、
残念ながら成績はなかなか上がりません。
今まで多くの生徒を見てきましたが、成績が上がらないのは、「圧倒的な時間不足」がほとんどです。
だから、
× 意思に頼る
〇 仕組み化して自動運転へ
週4~6日の学習時間をあらかじめ確保し、
塾を「勉強部屋」として
生活の一部に「仕組化」・「平準化」する事が、成否の鍵です。
18歳頃までの学習習慣と体験、特に、学ぶ事は楽しい・知る事は面白いという感覚を覚えると、その記憶が残り一生学び続け、
その後の人生の豊かさ・幸せに
決定的な影響を与えます。
※偏差値60程度は、「十分な時間」と「正しい努力」があれば、誰でも必ず到達できる水準と考えます
公立高校入試は 5教科均等配点。
先憂後楽、早めのスタートが何より重要です。
3年生から国理社の受験対策を始め、
「覚える量が多すぎて間に合わない」
という生徒は少なくありません。
1・2年生の復習が終わった頃には
最初にやった内容を忘れている――
この「忘却」を取り戻す時間は想像以上に大きいです。
また、多くの塾では、
5教科を取ると月謝が高額になりがちです。
教育は必要な投資ですが、
湯水ではありません。
費用対効果は重要です。
※個人的な経験ですが、
私は40歳まで金融業界でサラリーマンとして働き、
東大をはじめとする高学歴の方々・多様なキャリアの方々と
仕事をさせていただきました。
振り返って思うに、
5教科をしっかり頑張ってきた(得意科目も不得意科目も逃げずに頑張ってきた)
国公立大学出身者は、
総じて優秀な方が多いという印象を持っています。(逆説的には、仕事ができない方はいなかったと)
若いうちは、
得意・不得意を決めつけず、(本気でやってみないと誰にも分からない)
「先ずは、全部(5教科)本気でやってみる」事が大切だと考えます。
生物学的に、人は与えすぎると弱くなる――
能動性と試行錯誤の成長機会を奪い、「受け身」になってしまうからです。
学校の授業は全て集団
社会に出れば会議も集団
先ず、
「集団で理解しようとする姿勢と努力」、「食らいつく訓練」
が不可欠です。
その上で、
分からない部分を質問日に個別できちんと解決する。
このプロセス(成長機会)を大切にしています。
例えるなら、
✖ すぐに餌を与える(受動的になり努力や工夫をしなくなる)
〇 餌の取り方を教え鍛える(能動的な思考プロセスがインストールされる)
能動的に考え工夫する力、健全な危機感、学び続ける姿勢がなければ、
スピード感を求められるテクノロジー社会や時代の変化に到底付いていけません。
私たち大人ができる事は、
子どもの興味関心を引き出し、
必要な「情報」と「環境」を与える事だけです。
学力向上と同時に、
「健全なコスト意識」と「親への感謝の心」も、
自立した幸せな人生に欠かせません。
その一環として、
あえて月謝は現金払いにしています。
口座引き落としでは感じにくい
毎月かかるコストを、
子ども自身に実感してもらうためです。
親が懸命に家族のために働いて得たお金で
塾に通わせてもらっている――
その実感が、
子どもの「努力」と「真剣さ」を引き出します。
勉強だけできても、本当の幸せは手に入りません。誰からも愛されません。信頼関係を構築できません。困ったときに助けてもらえません。
AIの進展で、勉強の価値や意義は根幹から変わってくるでしょう。
翻って、「感謝の心」はいつの時代も変わらない
より高次で「普遍的な価値」だと考えます。
「子どもが3人いて、これ以上月謝を払えない」
「本当は5教科やらせたいが、金額的に厳しい」
そうした声に、
ずっと心苦しさを感じてきました。
私自身、
決して裕福ではない家庭で育ちましたが、
幸い中学生時代に塾へ通わせてもらえた事が、
今の自分の原点だと強く感じています。
あの3年間の本気の没入体験のおかげで、
「自分を信じる力」と「学び続ける力」が身に付きました。
教育は万人に必要な投資。 だからこそ、
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自分の信じた道を自分の責任で成し遂げたい――
私の人生の後半戦の挑戦です。